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2012年2月23日 (木)

島村ミツ

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 田部(現下関市菊川町)の墓地に「梅本林蔵」及び「梅本直子」の墓があり、これは豊前小倉蓮門教長「島村美津子」が建立している。

 島村ミツ(美津、美津子)は、天保2年(1831年)3月梅本林蔵の二女として田部で生まれ、明治初め小倉に起きた新興宗教「蓮門教」の教祖である。

 蓮門教は、小倉藩士柳田市兵衛(素入)を先師とし、教義は総て口伝によった。日蓮聖人所立の神教と自称して妙法蓮門教を事理の二道に説き分け、もっぱら「事の妙法」を唱えるという教理教典のない宗教であった。さまざまな霊界の不思議を表した教祖ミツの神通力によって栄えた。

 最盛期(明治20~30年代)には本部を小倉と東京に置き、全国92箇所の教会を持ち、信徒100万人とも言われた。小倉の本部は、一町四方の広大な赤瓦の教堂で「アカガワラ」と呼ばれ、その壮大さを誇った。

 この蓮門教も、島村ミツが50歳のとき病気をしてから急速に衰え、ものまく滅んでいった。

 明治37年2月73歳で死去。その碑「蓮門妙法之塔」が、小倉石田に建立されている。

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