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2009年5月28日 (木)

西郷隆盛の足跡を求めて その4

P4170174_1_1_2  昨日(2009.4.16)に続いて見立て地区から湾洞越えをし高千穂に歩くこととする。

 仲組バス停傍に写真のような祠があり、その祠の柱に「薩軍敗走路湾洞越え3時間」と書かれた札が掛けてある。

P4170163_1_3_1  しかし、日之影町役場で聴くところ、西郷隆盛が越えたルートは川中からと教えてもらい、写真中央の道を登っていく。

 道の分かり難いところが数箇所あるが、全体的には道の形跡があり、急斜面をジグザクに、或いは急斜面をトラバースし、遠くのアケボノツツジを眺めながらて3時間後に湾洞越えに到着。

P4170172_2_3_1_2  広々した湾洞越えで、西郷隆盛も休憩したであろう場所を眺めながら、行動食を食べる。

 高千穂を目指して西の谷を下る。

P4170173_3_3_1  谷を5分か10分下ったであろうか、写真のような「薩軍敗走路」なる黄色い札が掛けたあった。このルートではじめて見た。

 もう少し下ると、道がハッキリしなくなり鹿よけの網が張られている。これを潜り囲いの中に入り、藪をかき分けかき分け下ると林道に出た。

 林道歩くこと2時間、岩戸神社到着。林道歩きは疲れた~。

 川中に車を取りに行くため日の影で「すまいるバス」を待っている間、見立ての老人からいろいろ教えていただいた。

 かっては、岩戸神社の祭りや小学校の運動会などのとき、湾洞越えを越えていっていたと。

 また、見立ては鉱山で非常に栄えており、農家は米のご飯が食べられないが、見立てでは銀飯を食べていた。

 農作物なども日之影などから、夜の暗いうちから担いで見立てに売りに行っていた。

 このようなことから、湾洞越えを越えて岩戸と見立ての、また鹿川峠を越えて鹿川と見立ては相当の交流があったものと思われる。

 これで、俵野から高千穂まで歩くことが出来た。

 出来ることなら、鹿児島まで歩きたいが、ルートが分からない。

 どなたか教えて。

           

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